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菫咲く日々〜東急川越Diary♪〜

東急川越です。またの名をななよんと申します。新聞を作る高校生やってます。その時その時思ったことを書いていきます。

ロッカジャポニカ 11/28 恵比寿リキッドルーム

ロッカジャポニカ 3Bjunior

どうも、なんだかんだかんだなんだでリキッド行けました、東急川越です。


学校が終わってすぐに(Fライナーの恩恵に預かることなく)恵比寿まで。

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今日はリア友を連れてきました。

普段音楽部の一員として歌って歌って歌いまくってる、虹家族(たこやきレインボーのファン)のリア友です。

彼から今日の感想をいくつか聞いたので箇条書きですが載せたいと思います。



・歌詞が飛んでこない→曲が雰囲気でしかわからない
・歌詞を“聞かせる”のが欲しい
・もう少しコーラス系(ノリでぶっ飛ばしすぎないやつ)の曲があるといい
・全体的に悪い印象はない
・とにかく“若い” メンバーも然り、雰囲気も然り
・(オトモダチに対して)曲とのバランスを考えたコールを
・メンバーから客を楽しませようという熱意を感じた



確かに歌詞を“聞かせ”ようとはしてないしできてないですね。

言われてみればこれでは「身内だけのお祭り騒ぎ」になってしまっているわけです。

それじゃあ1000人、2000人、5000人集めるとかいう次の目標達成できないですね。

要改善なのではないでしょうか。

コーラス系はなくもないと思うんですが、なにせコールがどんな状況でも入っちゃうから…

ほんとにバランスをとったコールをするべきですね、しましょ。

ライブはアーティストの音楽を聴く場という趣旨が主ですからね。

全体的に悪い印象がない、ということについては嬉しいことですね。

今後もロッカジャポニカの現場に顔を出してほしいものです。




さ、私の考察です。

セトリは100点満点中70点でした。

世直しタイムスリップを使うタイミングが早すぎたと感じます。

もう少し焦らしてから使うともっと映えたはずです。

それから、カバーパート。

平瀬のカバーが良すぎてトップバッターに相応しくなかった。

そして内藤のカバーが内藤が思い描いていたよりノリが悪かったので、そこが残念でした。

椎名が大原櫻子を歌ったのはいいチョイスだとは思いましたがライブ向きじゃないってところが…

高井は自身作詞のMy Life Storyだろうなって予想できて予想通りだったのでノーコメント。

内山が期待通りSilent Sirenのチェリボムを歌ったのでチョイスは満点。

私がサイファミであることを鑑み、ここを掘り下げてみます。

前置きとして、Silent Sirenがバンドであることを敢えて述べておきます。

つまり、ギターやキーボードなど、“聞かせる”パートが少なからず存在します。

なのに内山は歌詞のないところをすべて煽っていました。

私からしてみれば「わかってねぇなー」だったわけで。

仕方ないことだとは思ってます、先述の同伴者の感想にもあるように盛り上げることにメンバーは力を注いでいるから。

そしてもっと残念だったのはオトモダチです。

あまりにもサイサイを知らなすぎる。

チェリボムを知らなすぎる。

ここでインディーズ時代の例えばescapeだとかを披露したのだとしたら理解できなくはない。

ただ、内山あみの実の姉 山内あいなの所属するSilent Sirenの存在くらいは、チェリボムという最新アルバムの表題曲くらいは知っててほしかった。

あんなに姉妹愛の深い人達いませんよ。

事務所もレコード会社も違うのに、宣伝するんですよ。

ロッカジャポニカ3rdシングル だけどユメ見る 買ってね!って。

山内あいなは今日もライブが終わってすぐにTwitterを更新、1周年の祝福とオトモダチへのよろしくお願いしますという言葉。

チェリボムをやったことはハッシュタグでしか触れずに。

オトモダチの大半がこれだけ関係の深い人を知らず、ほんとに残念です。

知っててチェリボムであれなんだったらもう論外。

チェリボムというのはMVでチェリーボーイが出てくるようなネタ曲なんです。

ネタ曲を歌うからにはネタ枠あるんでしょ?

何も無かった。

チョイス満点なのに内容は正直ほぼ0点です。

たまたまサイサイの曲でちゃんと歌えるようなのがチェリボムしかありませーんみたいなレベル。

聴き込んでないのがバレバレ。

男の子も(チェリボム×2)
女の子も(チェリボム×2)

この後の間奏はキーボードの映えた音を聞かせるところ。

そこで煽りを入れるなんて言語道断。

内山あみに失望しました。

彼女はもっと音楽を“わかっている”と思い込んでいた。

いっそ歌詞飛んでもチャイナキッスでもやっとけばよかったんだよ。

周りもほぼついてこれないしグダグダになるかもしれないけどチャイナキッスなら聴き込まないと歌おうなんて思えない曲だから。

別に歌詞が飛んだらそこは私が全力の声を出し切って歌って差し上げた。

別にそれでもいいんだよ。

たまにはそういうやり方でもいいんだよ。

内山あみには“おもしろい”ことをしてほしかった。

これが彼女への失望の断片。

語りたいことはもっとある。

気になったらサイサイの曲聞いてみてください。

聞けば言いたい事がわかると思います。

敢えて書かないのは聞いてほしいからです。

私の音楽への価値観を創り出しているのはサイサイの曲です。



書いているうちにサイサイのことしか書いてなかった。

でも今回のライブはここが1番私が書きたい、書くべきだと感じたところだった。








内山あみの声と吉田菫の声は全くの別物。